働くということ。ささいな日常。
「ああああああああああああああああああ」
モニターにタイプ中に寝落ちした軌跡が描かれる。
労働。
日曜日に買ったビジネスシューズは、つぎの月曜日から金曜日、あるいは土曜日のあいだに履き古される。
縫い糸のあいだには土埃がたまり、いくら掃いてもかき取れない。中敷きの膨らみはいつの間にかなくなって、足裏には地面の硬さが突き刺さる。かかとのゴムは不均等にすり減って、足取りはおぼつかない。おまけに腰裏は破けて、みっともない。
労働。
アマゾンで注文したビジネスバッグのチャックはすでにガタガタ。
ワイシャツの袖裏にはとれない黒ずみ。
毛羽立ったネクタイ。
新品を買う金がないわけじゃない。だけどそこに注意を向ける時間も余裕がない。
まして、好きな色や柄だとか好みのデザインだとか、そういったことに頭を使う余裕なんて。
労働。
吊り革も掴めないスシ詰めの電車のなかで、「あゝ今日はちょっと空いてるな、よかった」なんて考えながら。ポケットに入ったスマートフォンを、周りのひとに腕が当たらないよう気を付けながら、無理やりにひっぱり出す。
画面を開いたら、右に一度スワイプ。
音楽アプリを起動する。
電車に乗る前にあらかじめ耳につけられたイヤホン。ギュウギュウの電車の中でもコードがひっかからなくていいようにと、少し前に買われたBluetoothのイヤホン。
お気に入りの曲を探すとか、気分にあわせた曲をかけるなんて、そんな小洒落たことはできない。
データ通信量を節約するためにアプリを通してあらかじめストレージに保存しておいた、特に気に入ってるわけでもない「いつもの曲」を今日も再生する。
別に嫌いな曲ってわけじゃない。退屈な電車の輸送音を遮るには充分だ。
ただ...この「いつも」がなんだか妙に虚しい。
でも、そんな虚しさもいつもの事だから。
音楽で耳をふさいで、目を閉じる。
次の乗り換えまでの15分間。
「今日の夜はぐっすり眠れるのかな」なんて考えながら、すこしばかり眠りにつく。
Erik Satie - Gymnopédies - YouTube