Haradaiko  

   好きな味噌汁の具材は豆腐です。

「メンヘラ」研究その1ーSNSにみる「メンヘラ」ー

 この文章の目的は「メンヘラ」概念の研究に関する基本的視座を提供することにある。あるいは、この概念を私たちはどのように理解することができるのか、あるいは理解しようとしているのか、そういったことに対する私なりの態度表明することといってもよいかもしれない。本稿がほんの少しでも「メンヘラ」研究に寄与してくれればと思う。なお、このエントリーはその端緒であり、これからいくつかの文章を個別に投稿していくこととなる。

 

1 SNSにみる「メンヘラ」の使われ方

 「メンヘラ」という言葉はもともと2ちゃんねるの「メンタルヘルス板」(旧:躁鬱板)に由来する。初出は2001年頃で、「メンタルヘルス板にいるひと」の意味で使われていたメンタルヘルサー(メンタルヘルスに英語の人物称である“er”を加えたもの)が略されたものである。

その後、2ちゃんねるVIP板Twitterなどの様々なメディアを介するなかで、もともとの意味が枝分かれし、多義的な言葉として定着するようになる。

詳細は以下のウェブ記事を参照のこと。

移り変わる「メンヘラ」の意味。この10年で「メンヘラ」の使用法はどのように変わったのか - メンヘラ.jp

 

  すでにこの言葉が生まれて20年近くが経つが、じつのところこの言葉に関する研究は盛んではない。『メンヘラリティースカイ』や『メンヘラ批評』といった同人誌や「メンヘラ当事者研究会」、「メンヘラ.jp」のような当事者互助組織の多数が存在し、また市井ではこの言葉にまつわる言説が数え切れないほどに流通しているにも関わらず、管見の限りでは、「メンヘラ」を主題とした研究はほとんど見当たらない(もちろん、一般に公開されていないだけで多くの人がこのテーマについて思索していることであろうし、卒業論文修士論文でこの主題を取り扱っているひとは少なからずいるかも知れない)。*1

 そういった事情を踏まえ、本稿は「メンヘラ」概念をいかに理解することができるのか、研究の俎上に載せることができるのかを簡単に取りまとめ、「メンヘラ」研究の基本的可能性を提示しようとするものである。とはいえ、ここで提示するのは誰が「メンヘラ」であるのかといった実態の提示でも、こういうひとが心を病みやすい/心を病んでいるといった心理傾向の分析でもない。ここで私が提示するのは、「メンヘラ」という言葉それ自体についてである。それはなにも閉鎖された言説空間の中での宙に浮いた議論ではない。“私たちがどのようにこの言葉と付き合っているのか”というその実践それ自体についてである。

 「メンヘラ」という言葉について知るために、私たちはこの言葉がどのように私たちの手によって使われているのかについて知る必要があるだろう。このエントリーでは、そういったことを掴み取るための前提として、この言葉が使用のされ方についての大枠について示したいと思う。具体的には、KHcoder*2を用いた計量テキスト分析によってTwitterInstagramといったSNS上で「メンヘラ」という四文字がどのような文脈において使用されているかを確認し、そこからこの言葉の使用傾向性を確認していく。

 

1-1 Twitterにおける「メンヘラ」

 さて、まずはTwitterにおいて「メンヘラ」はどのような傾向性をともなって使用されているかについてである。

 

■使用データ

 2009年~2018年につぶやかれた「メンヘラ」を含んだツイートを98,612件収集し使用した。2010~2018年の10/20~30および8/20~30の間にツイートされたものから、各年につき1万件あまりを収集。2009年は全体のツイート数が少なかったため、5/1~12/31までの2564件のツイートを収集した。

■結果

 各年の頻出語と筆者の関心をもとにコーディングルールを作成(使用したコーディングルールは資料の末尾に記載)。それをもとに年ごとのキーワードの出現頻度をパーセンテージで表した。なお、年ごとのカテゴリーの和が100%に満たないのは、キーワードを含まない文書が全文書の大半を占めるため。また数値はカテゴリーごとの相対値であり、必ずしも「すべてのツイートの○○%が▲▲に関すること」というわけではない。下図に一覧を示した。

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 大まかな話題(コーディングルールで用いたカテゴリー)の出現頻度は、10年間でそれほど大きな変化がないことがわかる。また、Twitterにおける「メンヘラ」に関わる話題の中心は「恋愛と性」にまつわるものであることがわかる。また、「男・男の子・男子」と「女・女の子・女子」という、それぞれ3つの語句を用いて「男」「女」の2つのカテゴリーを作成、出現頻度を比較した。その結果、10年間合算で、「男」(2.19%)に比べて「女」(5.90%)のほうが2.7倍多く文書に出現していた。

■考察

 Twitterにおける「メンヘラ」という言葉の使われ方は「恋愛と性」に関するものである。とくに「“メンヘラ”の女性」(と)の恋愛やセックスに関する話題が多い。Twitterにおける「メンヘラ」とは、障害者であったり病気の人というよりは、「エロい女性」とか「(恋人に対する)かまってちゃん」であり、こういったな用法は10年間温存されていることが推察される。

 

1-2 Instagramにおける「メンヘラ」

 さて、次はTwitterと同様にInstagramにおける「メンヘラ」の使用傾向をみていく。

■使用データ

 インスタグラムには約7.7万件の「メンヘラ」を含む投稿がなされている(2018/12/05現在)。今回はそこから“人気投稿”順に500件をサンプリングした。採取日時は、2018/12/0522:00-23:00。

■結果

 Instagramでは以下のワードが頻繁に用いられていた。

頻出ワード(出現回数)     

・「繋がる」(498 回)…美男美女と繋がりたい 〇〇さんと繋がりたい 

 …病み垢 病みかわいい 

・女子(282 回)…メンヘラ女子 サブカル女子 自撮り女子 

・男子(127 回) …メイク男子 裏垢男子 メンヘラ男子 

・ホスト(159 回) ・歌舞伎町 中洲 北新地(計:154 回) 

 

また、頻出語をもとに共起ネットワークを作成した。いかに図を示す。 

(Jaccard 係数=0.04) 

f:id:haradaiko1:20191023020840p:plain

■考察

 どうやら、「メンヘラ」はあくまでも幾つものファッションに関するタグのなかの一つの要素であり、自撮り写真とともに提示される情報の一つのようである。「黒髪ボブ」などの容貌に付随する記号として「メンヘラ」が用いられる。Instagramにおいては、「メンヘラ」は(あるいは「病み垢」も同様に)例えば原宿系やモード系などと同様の“(ファッション)スタイル”であり、“身にまとわれた/まとうことのできる指標”として使用されているようにも見受けられる。また、Twitter同様に、「メンヘラ」という言葉は男性に対してよりも女性に対して適用されている。総じて言うなら、Instagramにおける「メンヘラ」とはスタイルとしての「かわいい」を身につけた「女子」のことであるようだ。一応の付記をしておくと、こういった結果はInstagramにおいては自傷行為や自殺に関連する投稿が「メンヘラ」と切り離されて行われているということを示すものではない。じっさい、リストカットをしている画像を「#メンヘラ」をつけて投稿しているひとを見つけることは難しくない。要点は、そういった投稿がサンプルの中においては少数(派)であったということである。傾向性を理解することは(語弊があるが)“全体の雰囲気”を理解することであり、個別の実践可能性をつぶさに抽出するものではない。

 

 さて、TwitterInstagramを対象として(ごく簡易的な)分析から、「メンヘラ」という言葉が「恋愛や性に関する文脈」と「ファションなどの自己表現に関する文脈」といった2つの文脈で用いられえていること。そして、男性よりも女性に対して使用される傾向の強いことが把握できた。では、いくつかの文章を参照しながら、こういった傾向が具体的に現れている場面を確認していくとしよう。

 

1-3 「メンヘラ」とジェンダーバイアス

まずは女性が「メンヘラ」として記述される場面について確認してみよう。以下の引用文をご覧いただきたい。

 

 そもそも、メンヘラとはどういった女性のことを表しているのでしょうか。メンヘラとは、メンタルヘルスの言葉を略している言葉となっています。このメンヘラの意味は、精神的に弱っている女性などのことを意味しています。特に恋愛面でメンヘラを発揮する女性が多いのですので、男性に対して精神的に病んでいたり、男性に依存してしまうといったメンヘラな女性が多いようです。なので、恋愛面でメンヘラな女性は苦労してしまう…。ということも多いようです

メンヘラ女性の恋愛事情や恋愛傾向の特徴は? | 女性がキラキラ輝くために役立つ情報メディア

 

 「そもそもメンヘラとはどういった女性のことを表しているのでしょうか」という一文があらわしているように、「メンヘラ」とは自明にして「女性」であるといった前提があるようだ。(これは使い古された喩えだが)「外科医が自分の恋人を手術することになった」という時に、多くの人は自然と外科医が男性で恋人は女性といった構図を思い浮かべるという。「メンヘラ」という単語も「外科医」同様に単語それ自体にジェンダーイメージが刷り込まれているといっても差し支えはないかもしれない。

 また、ホリィ・センは「メンヘラ」をテーマとした同人誌『メンヘラリティ・スカイ』に論説の中で、女性性と「メンヘラ」との関係を、生物学的理由による「感情の波」によって説明している。ここでは「メンヘラ」が女性の持つ“本質的な傾向”として理解されている向きがある。もちろん、ここにおいて重要なのは、こういった記述が生物学的に正しいかどうかではなく、そういった「女性の本質」に関するレトリックを用いることでジェンダーイメージを補強しようとする作業それ自体である*3

「メンヘラ」という言葉は精神疾患に留まらない。私はICDやDSMなどの診断基準を明確に知っているわけではないので、多少いい加減なことを言っているかもしれないが、「精神疾患ではない」レベルの人を「メンヘラ」と呼ぶ傾向が近年強まってきているように思う。それは例えば、神経症の、中でも程度が低いもの(失敗や怒りの原因を自分に求める自罰傾向や、過度の罪悪感など。いわゆる「まじめ」すぎる人)や、向精神薬に過度に詳しいなどもある。しかし大きく集約される点を挙げるとするならば、「精神的に不安定であること」(感情の波)、「継続的で独占的な他者承認」(承認欲求)というところだろうか。「メンヘラ」が圧倒的に女性を指す場合が多いことは、この「感情の波」に起因する面は大きい。女性はホルモンバランスの関係上、生物学的に感情の波が激しくなりやすいようだ。「承認欲求」について。実はこれは「自己評価の低さ」と関係しているパターンが多い。親に褒めてもらえなかったり、放っておかれたり、親以外の環境であったり、様々な原因が考えられるが、自己評価が低いことによって、承認を求めがちである。メンヘラは自らの承認欲求のために、チヤホヤされようとする。だからこそ、よりチヤホヤされる場に行こうとする。それが文化系サークルなどのようなサークルクラッシュの場になるのである。

ホリィ・セン「サークラとメンヘラ」.p156~157,159『メンヘラリティ・スカイ』2013

 

 こういった記述を読んでいくなかで、まず大前提として共有しておくべきことは「メンヘラ」が実際に女性が多いのかはわからないということである。それは、私たちはこの言葉の厳密な定義を誰も持ち合わせていないということであり、また、「メンヘラ」にという実態のあやふやな概念が操作主義の厳密性というフィルターを通してしまった時点で、言葉の特有性を失ってしまうからである。そのなかでいま把握できたことは、私たちは「メンヘラ」とは女性のことを指す/女性に多いという理解を持っている、ということであろう。

 

1-4 「不健全な恋愛」の中にあらわれる「メンヘラ」 

 次に確認するのは恋愛文脈における「メンヘラ」の取り扱いについて。まずは以下の文章を読んでもらいたい。



相手至上主義な人っていうのがヤンデレかなって思うのです。特定の誰かを愛して愛して、その過程で独占欲を孕んで病んで、その人を外敵から「護ろうとする」行為が心底にあるのかもしれないです。「自分だけを見ていれば感じていればいい、相手のすべてを自分だけのものにしたい」「自分の愛を理解してくれない君は、自分の愛を理解できるようにしてあげなきゃね」のような感情は独占欲が強いとも捉えられますね。特徴としては、愛している人から嫌われること、愛している人の心が自分から離れること。主にこの2つを恐れ嫌がる傾向が強いです。独占欲も独占されたい欲も両方存在していますので、基本は浮気しない傾向にあります。それはいいことなのですが、相手の存在至上主義、相手以外からの好意なんかどうでもいいし気持ち悪い興味ないってなりますかね。相手がいない生活には嫌気が刺したり、相手の存在が自分を構成しているような感覚になってる人も多いみたいです。イメージ的にはこんなかんじですかね。「あなたが私の事を愛してくれてないのだったら私もう生きている意味ないよね?!」私独自の定義ではありますが、恋愛におけるメンヘラとの違いを端的に言うと、「特定の誰かに」愛されたいのか「誰でも」いいのか。特定の誰かに愛されたくてその人以外興味ないのがヤンデレ、誰でもいいから愛されたく病んでいる状態がメンヘラかなって思います。賛否は多々あると思いますが、あくまで個人的な定義です。

彼氏をヤンデレにして依存させてしまった話 - メンヘラ.jp

 

時折まとめサイト等でメンヘラ女子と付き合いたい、好かれたいみたいな記事があって、たぶんそれが意味するところは、概ね自分に滅茶苦茶依存してくる女の子が欲しいという話だと思いますが、メンヘラ女子に好かれるよう努力するよりも、上でも紹介した立ったまま寝るさんの記事のように、恋人をメンヘラに作り替えるやり方の方が難易度が低いのではないか、と思います。「特定の属性を持つ特定の人に好かれる」と「恋人を特定の属性持ちにする」なら後者の方がまだやりよいように思えるのですが、いかがでしょうか。メンヘラ女子に恋されて恋されて止まらないような、真のメンヘラホイホイ人も世の中には居るのかもしれませんが、今のところ未確認です。

メンヘラに好かれる僕がメンヘラ女子との初めての対応を振り返ってみた - メンヘラ.jp

 

 アンソニー・ギデンズは、後期近代社会では、近代において重視されていたロマンティック・ラブの形式が衰退し、間関係が脱埋込化していき、関係の再帰的言及性が増大することによって、関係性のあり方が「対等性」と「コミットメント」を中心にして営まれる“純粋な関係性”という観念が志向されるようになっていると指摘している(Giddens 1991=2005)。ギデンズの議論を踏まえつつ女性誌に載せられた恋愛ハウトゥ文章の内容を分析した桶川によれば、女性誌の恋愛ハウトゥには以下のような言説が存在する(桶川 2016)。 

 

⚫ 「自己否定意識・拒否される恐怖感つよいために、コミットする積極性を失っている状 態になっていませんか」 

⚫ 「独占欲・嫉妬心・依存心の強さからオーバーコミットメントを行っている状態になっ ていませんか」 

⚫ 「自己欲求(自分の気持ち)を満たすことのみを優先し、相手の欲求に無関心・無配慮 な状態になっていませんか」 

 

「相手の欲求を満たすこと」に固執した“従順な恋愛”や、その反対の「相手を振り回してばかり」になってしまうような“利己的な恋愛”は修正が必要な状況であり、対等な関係性の構築に向けての変化を求められる。 しかして、このような対等な関係を正常とする言説は、逆説的に、“独りよがりな恋愛”という言葉であらわされるような「ダメな恋愛」の存在を強調することになる。 

 手前に読んでもらった二つの引用の通り、「メンヘラ」の恋愛というテーマで書かれた文章では、「メンヘラ」というが相手に強く依存してしまう相手中心になりすぎてしまうひととして、また同時に、その逆に誰でもいいから愛されたいという自己中心的なひととして描かれる。桶川の指摘を踏まえると、対等な関係性を構築するのに失敗している恋愛の形態をとっているひとのことを、私たちは「メンヘラ」として表現しているように思われてくる。奥村(奥村1994)はゴフマンを引きつつ、「思いやり」を発揮できずに他者を傷つけてしまう人物は精神的トラブルがあるのだと理解され穏当に排除されていくと指摘しているが、「メンヘラ」という言語活動はこういった排除のためのレトリックなのかもしれない。さて、これらのことを踏まえると「『メンヘラ』だから問題のある恋愛をしがちなのではなく、「問題のある恋愛」(と理解されるもの)をしているひとを私たちは「メンヘラ」と称して異化することによって「理解可能な存在」として“再定置”しているのではないかと考えることができるだろう。*4

 

1-5 「メンヘラ」「病み」というファッション・スタイル 

ファッション要素としての「メンヘラ」(ここでいうのはいわゆる「ファッションメンヘラ」についてではない)として真っ先に思いつくものはやはり「病みかわいい」という言葉ではないだろうか。この言葉は江崎びす子によって、2013年に生まれたもので、彼によれば病みかわいいとは「『ゆめかわいい』という言葉に『病み』の要素がたされた派生語」であり、「病みの要素とは『自殺・殺人』『暴力・暴言』『リスカ自傷』『薬』など」だという(江崎2018)。ここにおいて「メンヘラ」は必ずしもネガティブな意味合い一辺倒ではなく、一つの自己表現としてたち現れており、恋愛文脈で見られたような「上手くいかないひと」というのとは違った独自の意味合いで使用されている。

これは、江崎の生み出したキャラクターである「メンヘラチャン」がリストカットをすることによって魔法少女へと変身をするときに、リストカットをすることの内実や背景が焦点化されず、その行為のみが単独で象徴的な装置として使われていることからも察することができるだろう。あるいはこういったことはメンヘラメイク(病みメイク)というメイクの技法においても同様にして見つけることができるだろう。メンヘラメイクは「人とは違うちょっと変わったメイクをしたい時」に用いられる自己表現であって、ある種の付加価値として「メンヘラ」という用語が使われている。

このように、私たちは「メンヘラ」という言葉の病弱そうな・痛々しそうなアイコンそれ自体を肯定的な自己表現のための資源として活用することができる。*5

 

人とは違うちょっと変わったメイクをしたい時におすすめです。赤文字系というよりは青文字系メイクですね。また、病みメイク・メンヘラメイクはうさぎメイクやおフェロメイク、血色感メイクに近い進化系のような存在なので、色素薄い系の透明感を出すこともできます。また、コスプレをする時やゴシック系ファッション、ゆめかわ系・ストリート系の原宿系ファッションやサブカル系ファッションにも似合います。浮世離れした感じがあるのでハロウィンメイクにも使えますよね。このように、自分には似合わない、と思ってしまったり一見チャレンジしてみるのが難しそうなメイクですが、使える場所がたくさんあり汎用性の高い魅力的なメイク方法なんです。

メンヘラメイクが流行!?メンヘラメイクで「病みかわいい」をゲットしよう♡|MAKEY [メイキー]

 

*6

 

 

ここまでで、ごく表面的にではあるが、「メンヘラ」という言葉についてのいくつかの使われ方を大枠を確認してきた。次のエントリーからはここまでで提示したものとは違った「メンヘラ」という言葉の使い方についてや、この言葉に付随して私たちが行っている別様の実践について示していこう。

 

参考文献 

・天野武(2005)「相互行為儀礼と処罰志向のリストカット 手首人格化の機制について」『ソシオロジ』50(2) 87-102.

・奥村隆(1994)「「思いやり」と「かげぐち」の体系としての社会――存在証明の形式社会学」『社会学評論』45(1) 77-93. 

・桶川泰(2016)「恋愛ハウトゥが提供する純粋な関係性をめぐる自己知 1985 年から 2007 年までの女性誌を分析資料として」『社会学評論』.67(1) 2-20. 

・ホリィ・セン(2013)「サークラとメンヘラ」『メンヘラリティ・スカイ』.149-179. 

・松崎良美(2018)『女子大学生の“メンタルヘルススラング”使用と首尾一貫感覚(SOC)』津田塾大学大学院国際関係学研究科,博士論文.

・Day,C (2017) "Consumptive Chic:A History of Beauty,Fashion,and Disease" Bloomsbury USA Academic.

・Giddens,A (1991=2005) 秋吉美都・安藤太郎・筒井淳也(訳)『モダニティと自己アイデンティティ』ハーヴェスト社. 

・Showalter.E (1995=1990) 山田晴子・薗田美和子(訳)『心を病む女たちー狂気と英国文化』朝日出版社

・Schuller, M (1990) "Im Unterschied. Lesen, Korrespondieren", Ad ressieren. Frankfurt am Main.

・Poter.A (1987=1993) 目羅公和(訳)『狂気の社会史』法政大学出版局.

・Gove,W.R (1980). "Postscript to The Labelling Perspective" In Gove, ed. 26-33.  




■使用したコーディングルール

*死
死ぬ or 亡く or 殺す or 亡くす or 死 or 死に or 死にたい or 死ん
*恋愛と性
愛 or 恋 or 愛す or 愛情 or 恋人 or 愛人 or 恋愛 or 失恋 or 恋しい or セックス or 性 or モテ or 付
き合う or 告白 or 結婚 or パコ or sex or 彼氏 or 彼女 or オフパコ or 性依存 or セクシャル or エロ or
ビッチ or ヤリチン or ヤリマン
*医療・治療
心療内科 or 医者 or 診断 or 病院 or 主治医 or 先生 or 精神科 or 通院 or 薬 or 受診 or カウンセラー
or カウンセリング or 治療 or 治る or 寛解 or 回復 or 医療 or 服薬 or 頓服 or セラピー or 診察 or 療
養 or 療法 or メンクリ or クリニック
*障害・病気
障害 or 疾患 or 病気 or 精神病 or 症状 or 病状 or 病
*仕事と就労
就労 or 雇用 or 働く or 労働 or はたらく or 社員 or 正社員 or バイト or 企業 or 起業 or 会社 or 過
労 or ワーク or 仕事 or しごと or 就職 or 職場 or 残業 or 無職 or 退職 or 求職 or 休職 or 自立支援
or 地域包括支援センター or 再就職 or 上司 or 就く or 職業訓練 or 転職
*家族
家族 or 母 or 父 or 姉 or 兄 or 妹 or 弟 or 親戚 or 親族 or 親 or おかあさん or おとうさん or お母
さん or お父さん or 親子 or 子 or こども or 家庭 or 毒親 or 子ども or 子供 or 父親 or 母親 or 引き
こもり or 実家 or 家事 or 祖母 or 祖父 or 家
*学校
学校 or 大学 or 大学院 or 高校 or 中学 or 小学校 or 小学生 or 中学生 or 高校生 or 大学生 or 大学院生
or 受験 or 受験生 or 勉強 or クラス or 登校 or 授業 or 休学 or 教授 or 教師 or 学級 or 進学 or スク
ール
自傷および自殺行為
リスカ or リストカット or OD or オーバードーズ or 自傷 or 自殺 or 自殺行為 or 飛び降り or レッグカ
ット or アームカット or アムカ
ヤンデレ
ヤンデレ
*男
男 or 男子 or 男の子
*女
女 or 女の子 or 女子

 

 

*1:数少ない「メンヘラ」に付随する研究としては、松崎(2018)や天野(2005)があげられる。松崎は「メンヘラ」や「コミュ障」といったメンタルヘルススラングの使用とSOC(首尾一貫性感覚)の関連性を測るための量的調査から、メンタルヘルススラングを使って自身を捉えたり、それを自称する経験がある者のSOC平均得が、対照群と比較して有意に低いことを示した。また天野は、リストカットについて扱った論文のなかで「メンヘル系」という自称が自傷行為をする自己に対する免罪符(中和の技術)として用いられていることを示した。しかし、いずれの研究も「メンヘラ」という言葉それ自体に迫るものではなく、「メンヘラ」それ自体についてを主題にしてはいない。

*2:KHcoderとはテキストデータを統計的に分析する目的で樋口耕一によって開発されたフリーソフトウェア。アンケート野自由記述・インタビュー記録・新聞記事などのさまざまな社会調査データを分析できる。

*3:こういった精神的不安定と女性性とを絡めた言説というと、フロイトの「ヒステリー」分析をおもいだすひとも多いかと思われる。男性が女性を“本質的に不安定なもの”と診断する構図はフロイトの時代から一世紀ほど経った現代においてもそれほどかわらないかもしれない(とはいえ、エクリチュールフェミニンの文脈において、マリアンネ・シェラーが「女性そのものであると定義されるヒステリー」と表現するように、ヒステリー(のような“逸脱”)を女性の生物学的本質として捉えるのは必ずしも男性に限らず、女性自身も行うものである(Shuller1990))。またロイ・ポーターは、17世紀にまで男性のものとして扱われていた狂気が、18世紀中頃には「女性化」したと述べている。18世紀後期から19世紀前期において文芸家たちは、「かよわい女性」たちの磨かれた感性が“狂気”として表現されたのだと理解し、オペラではハムレットのオフィーリアが「美しい狂女」として登場するようになる(Poter1987=1993)。また、英国のベスレム王立精神病院のゲートにあしらわれていた「憂鬱と狂乱の男性像」(MelancholiaandRavingMadness(mania):CaiusGabrielCibber1680年制作)が19世紀に撤去されたことは狂気の「女性化」の傍証とされている。他方、フェミニスト批評家のエレイン・ショーウォーターによれば、「早くも十七世紀に医師リチャード・ネイピアの記録が女性患者の精神障害の症例は男性のほぼ二倍であることを示して」おり「十九世紀中期までには、公立の精神病者保護院<アサイラム>の患者の大半は女性であ」ったという(1985=1990 p3)。

*4:しかし、ここで注意したいのは「問題のある恋愛をしているひと」の実在性についてである。かつて、ウォルター・ゴヴが「ラベリング論者は、実証研究を否定していながら裏で着々とその準備を行いつつある」とラベリング論を批判したように(Gove1980 pp30-31)、あるいは所謂「OG問題」で指摘されたように、ここにおいて「問題のある恋愛をするひと」の存在を事前に自明なものとして用意することは、変形した本質主義にほかならない。重要に考えなければいけないことは、「メンヘラ」とは「本質」かという点である。すなわち、恋愛というフィルターを通して、ある人物の特定の生得的/社会的性質が「メンヘラ」として“露見”するのかいなかという点である。本稿では、あくまでも「メンヘラ」という言葉を私たちがいかにして使いこなしているかを考察するものであり、個人に備わった本質的部分と言語の対応を検討するものではないが、上記の点に厳に留意されたい。また、構築主義やラベリング論と「メンヘラ」研究については次のエントリーで述べるので、詳しくはそちらをご覧いただきたい。

*5:キャロリン・デイによれば、19世紀中頃には肺結核の症状を強調したり、その症状を模したファッションが流行したという。上流・中流階級の女性の間では、肺結核患者が持つ肌の明るさや唇・頬の赤さを模したメイクが一般的であったようだ。

*6:病みかわいいの文脈においては、ファッションを選ぶひと自身が自分を「メンヘラ」として提示するために「メンヘラっぽい」ものを積極的に身に着けている。つまり「メンヘラ」であることを意図的にファンションによって行っている。しかし、私たちはあるファッションをまとっているひとを見つけたときに、そのひとの意図とは離れたところで、勝手にそのひとを「メンヘラ」とカテゴライズすることも行っているのではないだろうか。有り体に言えば、アクシーズファムやリズリサを着ているひとを、マイメロディが好きなひとを、黒髪ぱっつんストレートのひとを、私たちは「メンヘラ」としてカテゴライズすることをそれほど不自然でない感覚で行っているのではないだろうか。もちろんこういった恣意的な理解は全く不適切なものであるが、ウェブ上では「メンヘラの見抜き方」(例えばメンヘラ女性の顔・見た目の特徴21選!しっかり見抜こう! | Lovely[ラブリー])といったハウトゥが広く共有されているのも事実であろう。